日光東照宮春季例大祭に供奉いたしました

5月17日、日光東照宮春季例大祭が斎行され、柳営会は御宗家德川家広様に供奉いたしました。

コロナ禍に突入して以来、御神職のみでの例大祭となっておりましたため、供奉は2019年以来4年ぶりのこととなります。しかしながら未だコロナ禍以前の状態に完全に戻ったというわけではなく、規模を縮小しての斎行とのことで、柳営会からは会長以下10名と人数を限っての参列となりました。

例大祭当日は、朝8時に輪王寺本坊にて御宗家に御挨拶申し上げ、少しの間ですが懇談のお時間を頂戴いたしました。例年、この場で新入会員や初めて供奉する会員をご紹介するのですが、今年は10名ですので全員が名前のみ自己紹介させていただきました。

こちらの建物は、元は日光東照宮の迎賓館「朝陽館」であった建物を宮内省が買収して日光御用邸(山内御用邸)とし、戦後、栃木県が借受したものが1960年に払い下げられ、1962年より輪王寺本坊として使用されているのだそうです。ということは明治19(1886)年の建物でしょうか。その頃はまだ板ガラスは国内では生産されておらず、とても高価な舶来品です。ゆるく波打つ硝子も、その向こうの新緑も、勿論室内も大変に美しいものでした。

東照宮より御宗家をお迎えの車が到着しましたら、全員でお見送りをいたします。それから我々も東照宮へ向かいます。

御宗家は社務所で衣冠束帯の装束にお着替えになりますので、集合時間までの間、少しですが東照宮の境内を拝見させていただきました。この日は大変な好天で、日光の予想最高気温が5月だというのに32℃(!)。修学旅行と思しき小学生の団体や外国人観光客の姿も多く見られました。

時間までに社務所前へ行き、産子会やご来賓の方々と手水にてお清めをします。お出ましになった御宗家も同様にお清めをなさいますが、我々は白木の桶や柄杓を用いるのに対し、御宗家は葵の紋が入った塗りのお道具を用いられます。

神職によるお祓いを受けてから、まず産子会やご来賓の方々が拝殿へと参進します。その後、神職の方々と御宗家が参進し、柳営会は御宗家のすぐ後ろに付き従います。

例大祭の前に、陽明門の前で記念撮影が行われます。柳営会は他の来賓の方々とは別に御宗家と柳営会のみでの撮影です(ちなみに写真はこの後、直会の時には出来上がっていてすぐに頂けました)。

撮影が終わると、唐門をくぐって拝殿へ上がります。この唐門は江戸時代、御目見得以上の身分でないとくぐれなかったそうで、今でも平時は神職でもくぐることは出来ないとか。
日光東照宮の拝殿は、向かって右に「将軍着座の間」、左に「法親王着座の間」があり、柳営会は御宗家に従い将軍着座の間に着席いたしました(会長は玉串奉奠があるため一般の来賓席ですが…)。
例大祭は神饌供進や舞楽「胡蝶」の奉納があり、柳営会からは植村泰佳会長が玉串を捧げ、それに合わせて一同は将軍着座の間にて起立し、二礼二拍手一拝で拝礼いたしました。

例大祭が終了すると、御宗家はそのまま家康公の墓所である奥宮へお参りされます。こちらへは柳営会のみお供し、参拝いたします(眠り猫のいる坂下門より先は、昔は将軍しか立ち入ることが出来なかったのです)。
奥宮に至る207段の階段を上り下りするのは我々でも難儀ですが、衣冠束帯をお召しになっている御宗家は本当に大変なことだろうと思います。しかも真夏のような暑さ。それでも涼しいお顔で参拝される御宗家のお姿を拝見すると、頑張らないわけには参りません。
ちなみにこの参道の階段は、一段ごとに一枚の石が使用されているのだそうです。豪華絢爛な彫刻だけでなく、このようなところにもこだわって造営された家光公のお気持ちが伝わってまいります。

奥宮を下りましたら、眠り猫のいる坂下門の脇より廻廊を通り、社務所へ戻ってお召し替えになる御宗家をお見送りいたします。それから他の来賓の方々とご一緒に御宗家のお召し替えを待って直会が行われました。汗をかいた後のビールの美味しいこと…!

13時からは東照宮の表参道に設けられた馬場にて神事流鏑馬が執行されます。柳営会には最前列に椅子席が用意されておりますので、目の前を駆け抜ける馬の息遣いや蹄の音、矢が的を射貫く乾いた音も迫力満点です。ですが今年は流鏑馬も規模を縮小し、時間短縮されているのだとか。
折角の特等席ですし最後まで拝見したいのですが、我々は御宗家が席を立たれたら急いで席を立ちます。

続いて向かうのは二荒山神社です。御宗家と共に正式参拝させていただき、御神酒も頂戴いたしました。

それから家光公の廟󠄀所である輪王寺大猷院へ。階段を上って仁王門、二天門と通過し、展望所で一休みしつつ御宗家と他愛のない言葉を交わさせていただく時間は、非常に有り難いものです。
更に上って夜叉門、そして唐門の先の拝殿に昇殿参拝し、御宗家がお焼香をされました。

それから皇嘉門をくぐって奥の院へと続く階段を進みます(皇嘉門より先は通常立入禁止です)。奥の院の拝殿を回り込み、裏手の鋳抜門の前へ。門の向こうの宝塔が家光公の御廟󠄀です。
鋳抜門に設置された焼香台で御宗家がお焼香されたのち、お寺の方が焼香台を門の下へと運んでくださいます。我々はそちらで一人一人お焼香をさせていただきました。

御宗家に見守られながら全員が焼香を終え、一同で下山し、大猷院の拝観受付前でお帰りになる御宗家をお見送りいたしました。

その後、東照宮に戻り、野点のお抹茶を頂いたりお土産を買ったりしてから、レンタカーで東武日光駅まで行き、駅前でお茶をして、土産物屋を見て回り、帰路に着きました。

久能山、日光と続いて晴天というのは珍しいことだそうです。東照大権現、そして「日光」の御神徳でしょうか。
コロナ禍に見舞われた世界にもだいぶ光が差してまいりました。来年は今年よりも多くの会員が供奉できることを願ってやみません。

朝8時に御宗家に御挨拶するため、多くの会員は日光に前泊して供奉いたします。今回、東京からレンタカーに同乗して行った会員は、江戸時代の日光社参の際、将軍がご宿泊されていた宇都宮城址へ立ち寄りました。当時は約10万人の行列が凡そ1週間から10日をかけて江戸と日光を往復していたのです。今年は会員10名での供奉ですから、1人1万人分の気持ちで臨んだ次第です。

末筆ながら、格別のご配慮を頂きました日光東照宮、輪王寺、二荒山神社の皆様に心より感謝申し上げます。